べき論と持論のお話

べき論と持論で武装したら、あなたは何が得られると思う?
私の場合は、集団への適応、だった。

これ完全に私のトラウマの話なんで、書き終わるころには自分の腹に刺さりすぎて死んでるかもしれないんですけど、書きますね。
今回に限らず攻撃的なことを書くときには基本的に自分しか攻撃しないって決めてる(稀に例外もあるっていうかコントロールしきれていないときがある)ので割と毎回致命傷を負っているわけですが、この話題は特に……って感じ。ドMかな??でも書きます。

べき論と持論ってのはね、そもそも大人しか持てないはずのものなのよね。
それらを持つにはたくさんの経験、試行錯誤、挫折、成功体験、シミュレーション、折衝、先導、追随、いろいろな紆余曲折を経て自分の腹の中で創りあげるという過程が必要なはず、だから。
子どもが持つにはあまりにも複雑で、多様なルーツを必要とするものなんだよ。

しかしながら、私というどうにも集団に馴染めなかった子どもにとって、大人が教えてくれる“べき論と持論”というものは、集団へ適応するための非常に便利なツールでございました。まだそれがどんなものかという解釈すら本当の意味では持たなかったくせに。

もちろんそれらは「誰か他の大人が唱える“べき論と持論”を真似たもの」であって、決して私自身が創りあげてはいないどころか表面をなぞるレベルでしか理解できていなかったのだけれども、学校生活という集団での時間をうまく過ごすにおいてとても有用なものだった。
それを使えば「少し大人びた、話のできる子」というイメージを大人からも子どもからも集め、そういうポジションにちょこんと座ることで集団の中に存在していられるわけです。
幸いにも「誰か他の大人が唱える“べき論と持論”」は職員室と図書室に腐るほどあったのでネタには困らなかったし、付け焼刃の理論でも大人たちが褒めてくれたので、承認欲求の解消にも役立ちました。

でもってそれは社会人になってしばらく経つまで、社会生活に必要な武装として私をしっかりと覆うことになります。

覆っているだけで静かにしていられるなら良かったと今でも思うんだけど、不幸にも私に元来備わっている我の強さと不愉快に対する耐性の低さが掛け合わさって、それに“べき論と持論”が乗っかっちゃって、攻撃性として発露することがあったんだよね。
簡単に言うと「それとても不愉快なんですけど??」ってことに対して、そのまま発言したらただの喧嘩になるからという理由で(この時点で小癪)、一般的だと思われる(またも小癪)“べき論と持論”を持ち出して(小癪)、あなたが間違っているのですから改善してくださいよと提案の形をもって(小癪)、もしくは批判として(最悪)、さも自分以外も迷惑しているんですよという演出まで交えて主張する(最悪すぎる)ということです。

ほら、反吐が出ますね。出るんですよ。
最悪ですね。こんな主張をする自分は大嫌いです。こういったことが起きた日は、っていうか大なり小なり毎日みたいに起きていたんだけれども、自己嫌悪で頭がどうにかなりそうでした。
自分なぞ心底大嫌いだし、こんな自分を慕ってくれる人も、こんな自分を嫌う人も、みんなみんな大嫌いです。

武装のメリットに気づいたのが小学校5年生。
本格的に武装しだしたのが中学校1年生。
高校生から大学生になって、その自由な雰囲気から一回それらを脱ぎかけたものの、会社員になったタイミングでさらに厚い武装をします。

で、武装の自分とすっぴんの自分にある激しい乖離に、ついに耐えられなくなったのが、26歳のときでした。
およそ15年間で培ってきた、ある種“正義”とも呼べる武装を支えるには、文字どおり死ぬほど弱い生身の私が耐えられなくなっちゃったのです。

小学校5年生で鎧の中に押し込めた「死ぬほど弱い生身の私」と再会した26歳の私は、生身のままで生きていくしかない自分を認めるために、その後しばらく必死で戦いました。
一度耐えられなくなって脱げてしまったそれはもう二度と身に着かないということ、武装代わりに自分を守ってくれる人の後に隠れるのも、一時的にはいいけれどもずっとは続けられないことを知って、どうにか生身で生きていくしかないんだと思ったんです。
で、今も戦い続けている。

生身で生きるしかないんだ!と腹を括ったら、べき論と持論というものは、自分で生み出して腹の底に据えてこそ意味を成すものだと思うようになった。
誰かの真似をしたり、誰かに振りかざしたり、誰かを押さえつけるのに使うものではないです。
自分が自分であるための、自分の大切な誰かや何かを護るための、べき論と持論。正義。

そして、気づいたことがある。
というかずうっと昔から知っていたことなのだけれど、やっぱりそうだなぁと思ったのでいつか書きます。
もうこの記事長すぎるからね!いつもの倍近くあるからね!!
続きはそのうち。