高次の存在、というワードの捉え方

「だから結局すべては自分次第だって言ってんだろーが!!!!!」っていう謎の半ギレ状態、について書きます。
謎の、って書いたけど謎でも何でもなく、ただ単純にシンプルに「高次の存在がこう言ったから~」っていう高次への責任転嫁が大嫌い、っていう話です。

「高次の存在がこう言ったのもあって、こうしました」と「高次の存在がこう言ったからこうしました」の間には超絶深い溝があるじゃないですか。

もうちょい細かく言うと、前者は「高次の存在からのメッセージを参考にして、自分自身の意志で選択し行動した」、後者は「高次の存在がこう言ったから高次の意思に従って選択し行動した」ね。

いまいちピンと来ない人は、「高次の存在」を友達や親や上司や先輩や彼氏彼女その他諸々に置き換えてみてよ。
ほら、後者の責任転嫁感マジやばいっしょ。私は私が提供しているメニューを、こういうののダシに使われたくないんです。

「あなたは○○になりなさい、というメッセージが連続で出てくるので、○○になることにしました(使命感)」みたいな、そういう本来は“自由意志での選択”であるものに訳のわからん後ろ盾みたいなのを付けられるのが最高に嫌だね!!
「そういうメッセージが連続で出てくるから、それをきっかけに一歩踏み込んでみたら超絶楽しくて面白かった~~好きが高じて今はヒーラー目指してます!」みたいなのは全然OK。大好き。それ、自由意志。

ってな訳で、現在私が提供するすべてのサービスから「高次の」っていう看板を取り下げています。
これは私自身の問題で、謎の半ギレ状態で「高次の」を掲げるのは私含めどちらの方面にも失礼だからです。

とはいえやることは変わっておりません。
幸いにも私のリピーターさんはメッセージをきっかけに自由意志を拡大・充足させてくれる方々ばかりなので、安心してこのまま行きます。
リピーターさんのほとんどがブログを読んだ上で繰り返しご依頼いただいているのだから、恐らく私のこういう偏屈なところも面白がってくださっているのでしょう。
みんなありがとうー!

そんな感じでですね。
ちょっとヘイト気味の記事が続いてしまったので、次回は前向きな話をします。
内容的には前々回の記事の続きです。
ご興味があれば是非どうぞ!