南森町グラスホッパーズ『バッドタイム・グッドストーリー』を観てきました!

先週末は観劇にいそしむ2日間でした。
26日土曜日は野中 朋子さんが所属する南森町グラスホッパーズの公演『バッドタイム・グッドストーリー』を、27日日曜日は上田 亜希子さんのひとりミュージカル『おかえり vol.2』を。
それぞれとても素敵な時間をいただいたので、ブログ記事にしてシェアしようと思います。
今回は26日の『バッドタイム・グッドストーリー』の感想!

8月26日(土)、南森町グラスホッパーズ『バッドタイム・グッドストーリー』

ちょこちょこお世話になっている野中さん親子(朋子さんと咲雪ちゃん)が舞台と映画を観せてくださる機会だということで、ルミKheちゃんと一緒に行ってきました。

会場は谷町四丁目の谷町空庭という素敵なお店!
昭和の小さなお部屋って感じの、こじんまりながらも超居心地のいい場所でした。
冷たい飲み物をいただきながらまったりムードで幕開きを待ちます。

今回は二人芝居+映画のセットということで、一部はお芝居、二部は劇中話を映像化した映画、というつくりになっておりました。

お芝居の主人公である朝倉(野中さん)は駆け出しの小説家。
そこに元ベストセラー作家のおっさん、芥川(倉増 哲州さん)が絡んできて、お話が進みます。

一言でいうと、とっても情感豊かなお話でした。
芝居にはいろいろ種類があるけれど、今回のこのお芝居のシナリオは情感でモノゴトが進んでいくタイプだったと思います。
主人公・朝倉の心の機微と芥川がもたらすほんの小さなきっかけが噛み合って、ふたりの行動を変えていく……という感じ。

私ももう15年くらい文章を書いて公開する日々を過ごしているのと、学生時代に舞台の台本や映像のシナリオを書いていたので、朝倉が悩む「最後のシーンがどうしても書けない、グッとこない」というのに「わかるわぁ~」と勝手に同調したりしながら観ていました。

せやけど。
せやけど芥川。

私ね、芥川の「書けなくなった作家」というところに非常に非常に非常に!切ないものを感じながら観ていたの。

芝居『バッドタイム・グッドストーリー』……物書きが文字を書けなくなるとき

勝手な推察ですけれども、芥川元大先生は、それはそれは繊細で真剣で不器用で、それが故に一作目に自分の人生を籠めすぎちゃったのだと思います。

ものづくりって、人生の切り売りとインプットをアウトプットに変換して売るバランスがめちゃくちゃ大切なのだよな。
両者をうまいこと混ぜ混ぜして表現に変えていく最中で、さまざまな葛藤と戦いながら思いもよらないひらめきを得たり。そのときの快感がさぁ、また中毒性すごい。

でもきっと芥川さんは自分の人生を一作に籠めすぎた。
天才だからこそ籠めることができたのだろうし、きっと彼はそのベストセラー『ベッドタイム・ストーリー』をこの地球上の誰よりも先に読んで泣き、そしてこの宇宙の誰よりも最後に読んで泣く人なんだと思う。

あの人の人生は最後の一文字と共に完結していて、彼自身もそうありたいからこそ享楽的な世捨て人として生きてるんじゃないかな。
本当は終わっちゃいないのにそうしたい。

そんな彼は、朝倉のもとに毎日毎日懲りずに通うわけです。
まだまだ人の命を生きている、そしてそれを現在進行形で文字にしている朝倉がとても興味深くて、通っているのだと思うのです。
彼が『ベッドタイム・ストーリー』の最後の一文字を書き終えた瞬間に止めた時を、朝倉は生々しく過ごしているから。

ラストシーンで、朝倉は小説のラストを自身の体験とリアルタイムなできごとの中から導き出します。
それは芥川にただただぶつけた感情の奔流であったけれど、芥川が「それでいいじゃねえか」と彼女の感情を受け流す中で言ったからこそ、導き出されたものでした。

時が止まった芥川でないと、生にまみれた朝倉の激しい感情から文字となる一端を掴むことはできなかったかもしれない。
あのおっさんにその自覚があったかどうかは知らないが、私はそう感じました。

芥川さんがもう一度自分の時を過ごし始めることはこれから先あるのでしょうか?
あるとしたら、その時はぜひ朝倉さんに隣にいてほしいですね。
きっと、芥川さんが忘れてしまったことや鈍化してしまったことを、芥川さん本人以上に生々しく表現してくれると思うから。

映画『グッド・バイ』……大好きが大好きじゃなくなったあと

こちらは朝倉さんが書き上げた小説の映像化です!ぱちぱちぱち!
とある離婚した夫婦とその娘のドラマでした。妻側の再婚相手が超いいやつ。

お話は元妻(野中さん)が再婚を機に元旦那(倉増さん)に対して娘(咲雪ちゃん)との「最後の面会」をしてくれというところから始まります。
離婚の原因は、おそらく元旦那が社畜だから、です。
「あなたはそうやっていつもいつも仕事ばかり……!」ってキレられてたから十中八九そうだったのでしょう。

しかしまぁこの元旦那がダメダメなおっさんでねえ。第一部の芝居のこともあって倉増さんがダメな男にしか見えなくなったわ。

でもね、この“ダメな男”ってのは一般的にそう見えるであろう一面からの印象であって、まぁ父親としてはきっとダメっていう烙印を押されてしまうのでしょうけれど、まぁ結婚には向いていないんでしょうけれど……

ど。
我々DUCK WORKSは何分ワーカホリックなところやその他諸々アレな部分がありますので、どちらかというと元旦那に肩入れしながら観ちゃうわけです。
終演後、ルミKheちゃんに「だよね?」って言ったら「せやな」って言ってたからうちらふたりともそうみたいよ。

社畜側の人間としては、結婚して子どもができても会社での役割は変わらないし「だから何としてでも早く帰ろう」とはなかなかならないと思うんですよね。
何なら「背負うものができたし増えたから背負えるように自分の役割をまっとうしよう」ってなっちゃう。
そこに夫や父親としての役割が付加されたと頭ではわかっていても、根本的なところでは仕事を優先してしまう。
そういう心理がまざまざと推察できたので、私は「間宮(元旦那の苗字ね)……マジお前不器用だな……わかるぜ……」と思いながら観ていました。

元旦那も元妻も、自分の生き方に相手の生き方を融合させられなかったんだろうなぁと思います。娘である萌ちゃんに対しても。
結婚のように、人生をひとりでなくふたりのものとするには、お互いの生き方を自分の生き方に融合させる部分って絶対出てくると思うんですよね。

娘・萌ちゃんの「ママには佐伯さん(再婚相手)も子どももいるもん!(ママ妊娠中)」「萌は要らない子なんだ!」という台詞には、「ママはママの人生、萌は萌の人生」と子どもながらに見越しているのが垣間見えたように思います。
そりゃあシンプルに寂しかったり大好きなママが取られちゃうかもという不安、パパにもう会えないという喪失感があったりするのの表れではあるでしょうが、子どもって「本当は大人なんかより何でもかんでも全部知ってるんじゃないか」と思うくらい鋭い感性を持っていたりしますので、やっぱりそういう“見越しているが故のどうしようもない悲しさと冷静さ”みたいなもんがあったんじゃないかと思う。

ばかやろう!要らない子なもんか!って、抱きしめてやりたかったです。私が。
全然知らんおばちゃんに抱きしめられても萌ちゃん怖がるだろうけど。

誰かに対する「この人は〇〇してくれる(理解とか受容とか救いとか)」ってのの裏側には「〇〇をしてくれないなら無価値」ってのが往々にして潜んでますからね。この歯車がお互いに噛み合わないと「どうして〇〇してくれないの!」になるのねえ。

元妻の再婚相手である佐伯は、自身が母子家庭で育っていて萌ちゃんの気持ちがわかるのだと、ナイスフォロー・ナイスアシストを繰り出す超いいやつでした。やるな佐伯。
だが佐伯、己の欠乏を埋める優しさを周囲に振りまき過ぎるのには気をつけろ。
お前の優しさは危うい……不用意に自分を消耗しないようにな……!!

そんなこんなでいいお芝居と映像でした。

お芝居の方でギター弾き語りのお姉さんが歌で彩りを添えてくれたりもして、あたたかく心が刺激される100分間でございました。
時間の都合で終演後の交流会には参加できませんでしたが、帰りの電車でルミKheちゃんと感想を言い合いながら帰ったよ。

まさかのドイツからお花が届いていたりもして(せんすちゃんったら粋だよね)、舞台を支えるあたたかいものに溢れた空間でした。
野中さんと咲雪ちゃんと一緒に撮った写真、掲載許可もらっときゃ良かった笑

せんすちゃんからのお花

南森町グラスホッパーズの皆さま方、素敵な時間をありがとうございました!

南森町グラスホッパーズ 公式サイト