足りない足りない、の捉え方

王様ことルミケーちゃんと私はそれぞれ毎朝ワンオラクルをやってまして、本日のそれで気づいたことを書きます。
先日の記事、世界はきっとマトリョーシカみたいになっている。の続きっつーか補足みたいなもんです。

大事なところがリンク先に飛ばないと読めないのでここで要約します。

王様「足りない足りないって思う根っこは何?“何が”“何故”必要なの?」
ねこ「違和感があるものは手にしなくていいよ。」

……これと、昨夜王様が何気なく引いてくれた「空腹のゴースト」っていうカードね。欠乏感ダメ押し。

マトリョーシカの記事で、私というテーマパークはどんなものだったのかを思い出して再構築したいだの何だの書きました。
私というテーマパーク、というイメージを作っていくにはでっかいテーマといろんな要素が必要で、そのテーマに合った要素をていねいに選んでいくときの一助として、上記に要約したふたつのメッセージがすげー役に立つんだよ。

欠乏感ってやつは往々にして焦りや不安や劣等感とセットでありまして、それがあるときは「私にはアレやコレが足りないからダメなんだ、どうにかして手に入れたい!」って思ってるわけです。
「足りない足りない」って、マイナスの場所に自分を置いているのね。
だから何とかしてプラスに、せめてゼロに行こうとして、埋めるものが欲しくなる。

じゃあそのゼロって何なの?って考えると、それは自分が勝手に作った“常識って名前の平均値”であることが多い。
もしくは“成功者のセオリー”。
欠乏感があるときって、そういうあやふやなもんと自分を比べて「みんなこうだから、それに及ばない私がいけないんだ」ってなってる。
まず自分をマイナスとして、周りというゼロを目指すのね。

これが例えば「あれ、みんなこうだな、私にはちょっと及ばぬ部分があるな……よっしゃ!よりいい感じになるためにここ強化しよ!」ってなるとちょっと話が変わってくる。
自分をゼロにして、周りというプラスを目指す感じ。

どちらも「足りない」っていう欠乏感をベースにした向上心ではありますけれど、前者はしんどそうで後者はそうでもなさそうだよね。
これめっちゃ大事なことだなぁって我々の今朝のワンオラクルを見て思ったのです。

これな、何が違うってな、多分こういうこと。
前者は周りをゼロにすることで、周りを勝手に画一化してる。だから自分もそこに行かないとあかんような、劣っているような感覚になる。
後者は周りをプラスにすることで、周りをそれぞれの魅力として捉えている。だから自分も自分なりのそういうものが欲しいなって、可能性を見つけたような感覚になる。

その可能性を選んでいくときに、「違和感があるやつは手に取らなくていい」っていう指針があれば、納得のいくもんを選びやすいんだよね。

マトリョーシカの記事でも書いたけれど、いわゆる個性とかクセみたいなもんを抑えこんでみんなに好かれる=嫌われないようにするなんてのは土台無理な話なのよ。
前者の欠乏感は、そのめっちゃ難しいことを目指してしまうことになりやすいのだ。

あのディズニーランドでさえ、あの世界観はちょっと…っつて嫌う人もいる。
USJだって、あの感じは好きじゃないな、っつて嫌がられることもある。
だけどその代わりに、「あの世界観が、雰囲気が大好きなんだ!」って言ってくれる人がたくさんたくさんおりますな。
そういう人に支えられて、どちらも素敵なエンターテイメントを提供してくれておりますな。

触れるものみなすべてに嫌悪感を抱かれないっていうのは、本当に本当に本当!に!難しいんだよ。
無難に生きる、ってのがそれに一番近いとしても、無難を嫌う人もいるからね……ダメだ、やっぱり私にはいい方法が思いつかないや。

だので、もっぱらゼロからプラスを目指す感じでももねこワンダーランドを構築していこうと思います。
もちろん既にプラスのところもいっぱいあるので、それは素直にえっへん!ってしつつね。
マイナスのところ?そんなもんプラスが目立ってきたら見えなくなりますわい。
それくらいの気概で進みます。

足りない足りない、の捉え方” に2件のコメントがあります

  1. >マイナスのところ?そんなもんプラスが目立ってきたら見えなくなりますわい。
    それくらいの気概で進みます。

    ここの部分、スッゴい好きです(о´∀`о)
    私もそうします!

  2. >NANAさん
    いえーい!そんな感じで強気で進むのが吉です◎
    得意を尖らせていきましょ!

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