受発信する僕たち私たち

ブログの記事を書くってどういうことかって話なんですけど、私の場合はただ純粋に書きたいことがあるから書くって感じです。
無理やりネタを捻り出すことは今まで正直ありませんでした。
ってことはここ8ヶ月足らずくらいで200を超える書きたいことがあったってことです。すげぇな。
で、近頃更新が滞ったのは、ある程度溜めていたことが発散されたからでしょう。これでまた少し身軽になった気分です。

きっとね、世間的に時代的に“言いたいことも言えないこんな世の中じゃ”なくなってきたのだと思います。
一般人がブログやSNSや何やかんやで言いたいことを言えるようになったから、巷には言葉が溢れて情報が溢れているのです。写真も動画も音声も溢れている。
これってほんの15年くらい前からしたら、まさかここまでとは!って感じの未来だと思います。
実際、こうなるまでのスピード感もものすごかったなぁ。

さてさて、私は普段言葉を使う仕事をしとるわけですが、ここ15年ほどで巷の人々の“言葉にまつわるモノへの関わり方”がそれはそれは大きく変わったなと感じています。
さっき書いた、誰もが発信できるようになったってのもそうだし、相対的に誰もに受信される/受信できるようになったってのもそうだし、とにかく今まである程度限定されたもの、いわゆるマスメディアや企業が非常に強い力を持っていた「言葉」というモノが、基本的には平等に我々の掌に載るようになりました。
表示回数や拡散規模等にある程度の格差はあれど、基本的には平等であるプラットフォームが普通に目の前にある時代になったんです。
ほら、一般人だってバズればメジャーなマスメディアよりも数字稼げるケースもある訳だし。そんなの15年前には考えられなかったぜ。

とはいえこれはまだまだwebだけの話で、webという枠組みを外せばまだまだマスメディアや企業が絶対的な力を持っています。
ただしそれもそのうちじわじわと変わってくるんでしょうね。
っていうかもうじわじわと変わってきてるんでしょうね。

何が言いたいかっつーと、せっかく面白い時代なんだからもっともっとみんなの発信してるものを楽しんでいきたいなぁということです。
もちろんすべての発信が洗練されている訳でも真偽が保障されている訳でもないから、そこには穿った目線や意地悪な視点もある程度は必要になってくるけれども、それでもこの有象無象の情報に塗れる環境をめっっっっっちゃ楽しんでいたいと思う。
そして同じように感じている人が私の書き散らした記事たちを楽しんでくれるといいなとも思う。
仕事じゃないからこそ書けるこのゆるゆる好き勝手ある意味無秩序な記事たちを、穿った目線で意地悪な視点で読んでくれたらいいなぁと思う。

ってことで不定期更新にはなりますが、これからもよろしくお願いいたします。