続・好きと依存とあなたとわたし

以前、好きと依存の違いについての記事を書きました。(2015/10/21記事:好きと依存とあなたとわたし
このときに依存は悪者ではないよと書いたのだけど、それについてもうちょっと掘り下げます。自己愛の話です。

依存って怖い。
自分がそこに触れていないと死んでしまうような気がして、どんどん自分の行動が「そこに触れるため」にシフトしていくから。
そうなると日々の意識も行動もすべて「そこ」が源になって、さらに触れてないと不安になる。
ひとりで立てなくなってしまう。
……実際は「そこに触れるため」にいろんな選択をしているだけで、しっかりひとりで立ってるんだけどね。
ひとりで立てない、と思い込んでしまう。がちょうどいいかな。(物理的に自立できる大人の場合、だよ!)

依存を味方にするか悪者にするかは、半分こがうまくいくかいかないかじゃないかと思う。
私が今まで見てきたいろんな依存体質の人は、これが軒並みへたっぴだった。
自分のことと相手のこと周りのことの区別があいまいだった。

で、私自身も経験した依存を悪者に仕立てるフローがこちらです。

★相手・周りの役に立ちたい(評価されたい)
⇒相手・周りの分まで頑張る
⇒自分のこと+相手・周りのことでいっぱいいっぱいになる
⇒頭の中がいっぱいいっぱいなのと、行動の源が相手・周りだから、自分がそこに触れていないと死んでしまうような気がしてくる

ここでまた「その荷物持とうか」って言ってくれる第三者が現れて…ってするとどんどん広がって進行していくんだけど、そこは私自身が味わっていない話(そんな彼彼女たちを見て学んだこと)なのでここでは書きません。
触りだけ書くと、その第三者に期待して疑って不安になって相手に全部丸投げして逃げられて裏切られた気になってさらに元の相手や周りに対する依存が増幅するパターンと、第三者が受け入れてくれてとんでもない共依存にハマるパターンです。まぁ後者はお互いがそれで成り立ってるなら別にいいと思います。

余談が長くなった。元に戻そう。
依存を悪者に仕立てるフローは人間関係に限らず、仕事や趣味、自分磨き的なことでもOKです。適宜変更してください。

じゃあ味方の依存って何だ、って話。
半分こがうまくいけば、依存はとても強い味方になるんです。
「私の半分とあなたの半分を一緒に持ちましょう」ってすると、とっても素敵な共生関係になる。
それぞれの半分ずつを一緒に持つと、ひとりで持っていたときにはわからなかったことや新しい視点、自分に付加できる要素、欠けていた部分、補える部分が見えてきて、一気にわくわくしてくる。そして自分のことも相手のことももっともっと好きになる。
大好き!ってとても素直に言えるようになる。

だからね。
私は上手に半分こしてたい。
依存を悪者にしないように、自分の中のおにに不安を食べさせずに済むように。
それにほら、そうすればいいものも半分こできるしね!楽しい嬉しい美味しい!
そういうこと。