狭くて深いは面白い。

職人さんが好きなんです。とても広い意味で。
職業的にそう分類されている職人さんに限らず、ミュージシャンや役者さん、芸能人、サラリーマン、とにかく呼び名は何でもよくて、職人的なこだわりを持った人が好きです。職人気質?みたいな?
世間で言うところの職人気質っていう言葉の印象ともまたちょっと違うのだけれど。

例えば文章ひとつとっても、その人のこだわりというか美学がそこに滲み出ているものが好きなのね。
絵でも音楽でも工業製品でも、それらを創るまでに思い巡らされたものが見えるというか。

先日、とあるエッセイストさんのトークイベントに参加してきたのだけど、その空間もすごかったです。
エッセイストさんのこだわりや美学、魂のクセみたいなもんが挙動の端々に垣間見えて、彼女の文字に文章に籠められたものがわぁ~~~~っと溢れてて、感動しちゃう空間だったのよ。

私は、感動っていうものは自分の知らない世界に触れたときに生まれるものだと思っている。
でもってこんな時代ですから、自分の知らない世界っていうのはどんどん細分化されてどんどん深層化していくと思っている。

前回の記事(20160212記事:受発信する僕たち私たち)で書いたとおり、インターネットの普及やら何やでみんなが情報を発信するようになり、それ故センセーショナルな情報も氾濫するようになったでしょう。
それってきっと、みんなの「自分の知らない世界」の姿にも影響を与えたんだよね。
政治家や芸能人のスキャンダルみたいなわかりやすく衝撃的な情報が、「自分の知らない世界」ではなくなってきて、ごく身近な、自分の近くに当たり前に訪れる下世話な話、と同等もしくは限りなく近いものになってしまった。
むしろ自分の身近な人たちに起こるトラブルの方が、より自分ごとに近いから面白がれるのかもしれない。

一方で、狭くて深い情報への接触機会がものすごーーーく増えた。
今まで本当に興味を持った一部の人たちが書籍や講演会・交流会みたいな場で得ていた情報がどこででも見られるようになって、でもってみんなが発信するようになって、もともと世の中に溢れていたけれど目立たなかった面白いモノたちが、表面にひょこっと顔を出すようになった。

そこでキラキラと「やばい面白さ」を教えてくれるのが、冒頭で述べた「職人さんたち」なのね。
狭くて深いところの大部分には、こだわりと美学がぎっしりと詰まっていて、それらを大好き愛してる!って満面の笑みで(もしくは真剣な顔で、ニヒルな表情で)言える職人さんたちが創りだしてくるものとそれに付随するものに、私は感動するのだな。

だので、私とルミkheちゃんが最高に美味しいものに出会ったとき、目の前の食べものの話しかできなくなるのは、まさに感動しているからなんですね。
素材や調理法やシチュエーション、とにかくその空間に溢れるすべてに感動したとき、それらを生んだ人たちにも興味が湧くし、もう自分たちのことなんてそっちのけで目の前にある美味しいものの話をしてしまうのだ。
何回通ってもそうなっちゃうお店が今のところ3件あります。ゆっくりでいいのでそうなるお店を知っていきたいです!
あれっ結局食いしんぼうの話だな。すべてにおいて食いしんぼうでありたいです!よろしくお願いします!