スピリチュアル徒然。

ルミkheちゃんがすごくいい記事を書いていました。
⇒そんなアルケー。:スピリチュアルとは何だ。そもそも。

うんうん頷きながらも、随所随所で「やっぱりこの人は魂的に戦う人なんだわ……」って思ったね。さすが死を抱えた皇帝(20160107記事:「思考ツールのタロット」を読んで、師匠と魔獣を作りましたのこと。)。

ってことで、ルミkheちゃんの記事も踏まえつつ、私もスピリチュアルに思いを馳せながら文章を連ねることにします。

スピリチュアルって何ぞや。
そうね、とても難しい単語です。
でもってスピリチュアルとスピリチュアル系には隔たりがあると思っている。

スピリチュアルっていうのは、神秘的で不思議。でもみんな知ってること。
既に知っている“魂にとって本当に大切なこと”を思い出す、そのプロセスを踏むためのツール。
私はそう捉えている。

スピリチュアル系っていうのは、そのツールを商業化したもの。
だので有象無象いろいろな人やもの・ことがそこにはありまして、混沌としておりますな。
大体において物質として目に見えないものを扱うので、ちょっと穿った目で見りゃ非常に騙し騙されしやすい世界が構築されております。

前者は自分に意志がなければ意味を成さず、後者は意志がなくても意味を成すところが一番大きな違いじゃないかしら。
もちろん商業化されたスピリチュアル系だって、意志を持って使えばスピリチュアルのツールだよ。だって大元がそれなんだから。

さて、私は書いている人の顔が想像できる文章が好きです。言葉が好きです。
さまざまなものをインプットし、自分の中で咀嚼してアウトプットした言葉たちは、そこに個性を帯びて新しいものとして生まれてきます。
そういう言葉たちは書いている人の顔や人格を読み手に想像させてくれるんだよね。
それは文章や言葉に限らず、表現すべてに言えることです。
楽器やスポーツのプレイスタイルとかそれに対する取り組み方とか、仕事の仕方とか。とかとか。

そういうのが滲み出ている人たちは、ものすごーーーくナチュラルにスピリチュアルなこと山ほど言うのよね。
ものすごくナチュラルに、魂と向き合って対話して本当に大切なことを追及してるんだろうね。
その人たちが表現するすべてにそういったエッセンスが滲み出ていて、すごく素直に自分のために生きてる!って感じがするんだよね。
だから、私は書いている人の顔が想像できる文章が好きです。その人自身が見える創作物が好きです。

私自身、いろいろなもの・ことをインプットして、咀嚼して、こうやって吐き散らして生きている中で、発見や確信、安心を得ることができた。疑問や興味もたくさん出てきた。
特にこのブログは私のどうしようもない部分を書き散らしていることが多々あって、自分で自分の発信したものを受け取るっていう行為の中でさらに新たなものを見つけたり思い出したり考えたりしているよ。

せっかくスピリチュアルに興味を持ったなら、こうして意識的に自分の中身を発信するといいかもね。
別にブログとかで広く公開する必要性はまったくないけれど。
そんな風に思いました。