光と闇

年末年始の休暇で、とあるDVDを見て想いがよぎりまして、昔からふんわりと考えていた事が、なるほどね~に近い感覚と驚きがあったのでそんな事を徒然なるままに!の回となります。ぼんやりしてるよーー。

という事で、見たDVDについて。ロックミュージックのジャンルのひとつである「メタル」。イギリスやアメリカなどで広く発展した「メタル」が世界の国々でどのように受け入れられ、発展していっているかというドキュメンタリー。
日本だと、他の国とかなり違う育ち方をしているようで、政治的な鬱憤などのニュアンスはあまり濃くなく、X JAPANやSEX MACHINEGUNSなどのバンドが取り上げられていたが、派手で独特な出で立ちと高い声の印象が強いのではないのだろうか。
しかし、この映画を見るに「メタル」は国によって、政治や宗教への憤りなどを表現する音楽としてその国その国で様々なポジショニングとなっていた。過激な音楽に思われがちなものではあるが、それは自分のフラストレーションの捌け口であったり、訴えであったりするようだ。重く早いリズム、シャウト、攻撃性の高い音楽に思われがちだが、政治に抑えつけられ欝々としている国の人達の中には、命を懸けた生きがいであり、「光」ともなっていた事が私は衝撃的だった。麻薬との絡みや宗教。過激で退廃的な内容の歌詞のイメージが強いメタル。きっと「光」の一方で産まれた「闇」側の音楽なのだろう。しかし、その音楽はとある状況の国の一部の人達には「光」となっていた。
産まれた時から決められていた「良い」とされるもの。逆らえない存在。変えられない状況。戦争。暴力。その状況の中で過ごしている人たちにとっては、「闇」として生まれたと思われがちなものが「光」となってるのだ。そしてそれが生きる希望となっていた。

光と闇、何をどっちに感じるかはその人次第。生まれた場所・状況・育ち方・性格。それぞれ違うのだから、それによってどう感じられるかが違うんだよね。

「光」と「闇」って何だろう。

光と闇。対比する言葉で使われがちではあるが、光が無ければ闇は生まれず、光を消せばすべてが消滅してしまう。闇があるからこそ光という存在を感じる事ができ、光の存在があることで闇が出来る。それは表裏一体の関係であり光であり闇であるんだよね。すべてはどちらもがあって成り立っている。「善」と「悪」と似ているようで違うのか。何か違うような感じが自分の中でしている。
善と悪は事象にも思えるけど、その想い方は光と闇と一緒??善い行いだというレッテルが張られる事で、その逆の行為は悪い行いとなってしまう。
・・・・そうか「逆の行為」そこが光と闇と違うのかもしれない。光と闇は互いの存在があって然りで「逆の行為」ではきっとないのだ。

両者をひとつのものとして受け止める

闇を切り捨て、光ばかりを良しとして求めて、目指しているような言葉、もしくはこれが皆にとって光だと決めつけるような言動を聞くと、私は凄く違和感を感じてしまう事がある。それは、光は光、闇は闇として捉えるような事への違和感なのだろうか。人によって光となるものが変わるという事を除外されたような感覚になるからだろうか。光の側面に闇は必ずあるもの。すべてひっくるめて受け止めないで光ばかりを求める事は仮初の何かを必死で求めている印象すら受けてしまう。そこに闇を感じる。きっと闇があるのだ。でなければそんな光は見えない。光の中で光を光として捉える事は難しそうだ。そういうものなのだ。
闇を見ないようにする事も出来るだろう。しかし、私個人としてはどちらも感じて受け取っていきたい。受け止めるってほどではないけど、あるべきものはそこにあると認識する。生まれるべくして生まれているのだ。そこには世知辛い事もたくさんだろうけど。わざわざ闇に向かう事もなく光ばかりを求めるのではなく、そこにある光と闇を感じる!それだけ。ただそれだけ!!!!
そこから生まれる私の行動は、他の人にとって光と感じられる事もあれば闇と捉えられる事もあるかもしれない。ただ、自分の光となっているものを他の人の光になると解釈しての強い押し付けだけはしたくない。両側面を持つこういう事がただあるとそういう事なのだ。ただそれだけ!!!!
光を受けて育つ植物もいれば日陰で育つ植物もいる。
闇の存在を認めながら、暗がりだから見える、自分の光となるものを捉えていこう。自分の中で何を想ってどう選んでいくのか。どうなの!!

つって、今年も適当に…より自分を解放してけるようにしていきたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。

そして、そんなとあるDVDとはこちらの事。

グローバル・メタル [DVD]