古代のルーン占いの方法って?

現在占いに粛々と登場しているルーン占いですが、この古代の神秘的な文字といわれているルーンはその当時にも占いに使用されていたのでしょうか??していたとしたら昔々の人々はどのようにルーン占いをしていたのでしょうか。

『ゲルマーニア』に記してある占いの方法

ルーン文字を占いに使用していたのでは?という手掛かりになるものは、古代ローマの歴史家タキトゥスが、古代ゲルマン民族について記した『ゲルマーニア』の内容にあるといわれています。

ゲルマーニア (岩波文庫 青 408-1)

第10章
果樹から切り採られた若枝を小片に切り、ある種の印をつけて、これを無作為に、偶然にまかせて、白い布の上にバラバラと撒き散らす。ついで、もしこれが公の占いである場合はその邦のひとりの司祭が、私に行なわれるときは家長自身が、神に祈り、天を仰いで、一つまた一つと取り上げること三たびにして、取り上げられたものを、あらかじめそこにつけられた印に従って解釈するのである。

ここに記されている「ある種の印」とは本当の事はわかりませんがルーン文字ではないかともいわれています。印のついた枝を白い布の上に放り投げる。そして放り投げられた枝の様子から意味を読み解いていたりしたのでしょうかね。
ゲルマン民族は、問題が起きるとくじを引く儀式を通して神々に助言を仰いでいたともいわれています。

タキトゥスが記した内容からは、細かい手法はわかりませんが、枝や木片を使用して偶然性に任せる方式で占いを行っていたのでしょうかね。
ルーンキャスト
『ゲルマーニア』以外にも占いでどうしていたか記してあるものはあるんでしょうか…ううむ気になる…。

とりあえず雰囲気を味わう為に投げてみた

という事で、当時どんなふうに占われていたかぼんやりとしかわかりませんが、真似てみようって事でやってみた事があります。

しかーし、『ゲルマーニア』の内容だと枝に何を印すのか、布は何の為なのか、どの順番で枝を取り上げてどう解釈すればよいのかわからない!!
まぁわからないものはしょうがないかとも思ったのですが、調べてみたらこの枝を放り投げる占い方が掲載されていました。
伊泉龍一さんのルーンの解説(http://unmeinosekai.com/rune/howto.html)に「The Well of Wyrd」という本を参照したという事でのっております。

わたくし、英語が読めませんのでこのやり方が古代のものなのか、出所がわかりませんが、それっぽいぞ!という事でチャレンジ。というか枝を投げた後の解釈の方法が『ゲルマーニア』からではわからないので、この方法が現代の誰かが考えたのかどうなのかわかりませんが何かに頼るしかない!…という事でやってみる事にいたしました。

枝を9本用意(ここでもう疲労)。そして布を床にしく
そして占うぞ!という心意気で心を鎮めてみました(なんとなく)。
そして放り投げる!!
キャストルーン
あ~~~なんか儀式っぽい。そんな雰囲気に酔えます。
ルーン文字は直線でできた文字ですので、布に散らばった状態で枝の重なり方がルーン文字に見えるものを探します。あぁ…なんか面白い…。大体ナウシズ(ニイド)に見える…。
頑張って解釈いたします。

現代のルーン占いについて


古代ゲルマン民族は本当にルーン文字で占いをしていたのか。そしてどんな風に占いをしていたのか。かけらの様なものは私なりに見つけましたが本当の事はぜーんぜんわかりません。しかし、きっとしていたのでしょう!!
当時のやり方はわからないにせよ、今でもこうして占いとして使われているっていうその流れがまた興味深いところです。
現代は現代のやり方で、今に合った状態で占い方法が確立していっているのだと思います。
文字の意味も現代風に捉えたほうが良いし、占う内容も占い方も変化しているのでしょう。
かつては木の枝は身近で手に入りやすいものだったかもしれませんが、この現代で木の枝を拾ってきて放り投げるというのは中々大変な事。
いつの時代からかわかりませんが、ルーン占いの為のルーンストーンやルーンのカードが数多く出版され、非常に使いやすくなっています。
現在の占いの仕方については「ルーン占いをしてみよう!占いの方法をご紹介」の記事にまとめております。

歴史が長い占いは、昔ながらの方法を知る事によりその占いを知る事になるので、それはそれで面白く、占いを深める大事な事だと思います。だからといって、昔ながらの方法をガチガチに守って「正しくはこうだから!」みたいな顔をしても、今にマッチしていなければ意味がないものになってしまいます。
なので、知識としては蓄えつつ、その蓄えた中から自分なりに現代にマッチした占い方法で、そして自分なりの占い方を選んでやっていきたいと。知識を広げて自分で納得できるものを選べるようになりたいとそう思う私なのでありました。