ももねこが占い師になった理由を、改めて考えてみた

Twitterにて設置している『質問箱』で、こんなご質問をいただきました。(現在はマシュマロにて質問を受け付けています)

質問箱 ももねこ先生が占い師を仕事に選んだのは何故か、聞いてもいいでしょうか?

引用元:Peing -質問箱-
https://peing.net/

改めて問われてみると「こいつぁ長くなりそうだ」となりましたので、じっくりと振り返るべく記事にしようと思います。ただの自分語りではありますが、ひょっとしたら誰かの何かのご参考になるかもしれません。お付き合いいただければ幸いです。

占いには企画・提案的な要素がある

ももねこが占い師になった理由を、改めて考えてみた

まずはこれです。広告代理店の制作部門で10年以上、企画!提案!検証!報告!また提案!みたいな働き方をしてきた私にとって、「クライアントの望みをヒアリングし、施策を提案する」という動きを占いという行為に見出すのは自然なことでした。中学生の頃から続いているオカルト趣味がここで仕事と結びつくとは、それこそオカルト的です。業種がどうだ分野がナンだと人はどうしても分類をしたがりますが、行動や事象の根っこに隔たりはないのかもしれないね。

『ももねこ的、「公開しない対面占い」を進めるコツ』という記事にも書いたとおり、私の占いではクライアントの悩みにおいて「要素を整理する・考察を重ねる」という段階のサポートを得意としています。
その理由がこれよ。私の占いスタイルは、「クライアントの望みをヒアリングし、施策を提案する」 というこれまでの業務経験から生まれているのよ。

そして、ももねこはこういった企画・提案が好きです。好きというか、気づけばずうっとそういう仕事を続けているのだから、おそらく好きだし向いているのだと思います。代理店の名刺を占い師の名刺に持ち替えたところで、やっていることは実はずうっと変わらないの。

「エンドユーザーに直接触れたい」という想いと占いというツールが結びついた

ももねこが占い師になった理由を、改めて考えてみた

以前勤めていた会社では、エンドユーザー(商品やサービスを実際に使う人、一般消費者)の顔が見えませんでした。見えるのは数字であり、データ化された「お客さま」を想定して、私たちのお客さま=クライアント企業といろいろお仕事をする。そんな中で、「この数字のウラにある生々しいものが見てみたい」という想いがむくむくと膨らんできたわけです。

街をぶらぶら歩いてみても、それらの断片は見えますが全容は見えません。深いところも見えません。ああでも見たい、見てみたい。この地球に生きるニンゲンたちの機微を覗いてみたい……っていうか、そこ見ないと片手落ちじゃない??何をどんだけ語っても、その中心にあるのはニンゲン、なんだぜ。

で、そのとき既にココナラで占いを提供していた私は、占いを通して見えるものに対して「あっ!これや!数字の裏にある、生々しいもの!!」と気づきました。ニンゲンの機微、見れるやんけ!しかも企画・提案のスキルを活かしてニーズに応えられるやんけ!占い、もっとやろう!そんな風に思ったの。

このふたつが結びついてからというもの、昼間は会社で「データで見える世間のうねりと流れ」を、夜は家で「占いで見えるニンゲンの機微」を追う、という意識の下に日々を過ごしました。

で、いろいろあって会社を辞め、今に至ります。占い師になるために会社を辞めたわけでは全然なくて、今も制作屋と占い屋の両方で活動しているよ。何というのか、結果的に占い師に“も”なった、という感じやね。

ニンゲンの生々しいところ、面白い!

面白い、なんて言ったら怒られるかもしれないけれど、正直この要素は占い稼業を続けるために必要な要素としてかなり大きい。もちろん決して茶化しているのではなくて、真面目に「ニンゲンの豊かさと複雑さ」に敬意をもっての表現です。

この「面白い!」というスタンスは、あなたから数歩離れたところであなたを見る、という大切な要素に貢献しています。私としては、マーケティングも占いも“数歩離れたところから” 見るのが大事なんだよね。
ビジネスだろうが占いだろうが、冷静に、フラットに、私の目は飽くまでも観察者としてはたらかねば、企画も提案も軸が狂ってしまう。この距離感と敬意を一言で表現するなれば、「面白い!」になるのだ。

私自身もニンゲンだし、ぶっちゃけ誰かを救おう・導こうなどと一寸も思わないのよ。あなたの生々しいところに敬意をもって「事象を整理・考察する」という動作が少しでもあなたの役に立つのなら、私はこれからも占い師として活動しよう、今はそんな風に思っています。